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相談支援事業所を設立してみよう①

私の名前は川内崇浩。
加算に関する資格の応募が二つとも通って、小躍りしている中年男性だ。
今夜は会社の設立について触れていきたいと思う。

この業界を始めるにあたり、法人格が必要なのは以前も触れた通り。
今回は、てっとり早く法人格が得られる「合同会社」について話していく。


合同会社の魅力

なんといっても設立費用が安い。そして一人で作れる。これに尽きる。
もちろん、資金調達面では株式のように株を発行できないため融資が受けにくく、上場もできないというデメリットはある。
だが、小規模でやるならそこまで気にしなくてもいいだろう。
今後さらに規模を大きくするなら、その時に株式へ移行すればいい。

NPOや一般社団法人という選択肢もあるが、私に大きな影響を与えた社長の
「福祉っぽいのって、なんかダサいじゃん?」
この一言に感銘を受け、そちらは検討していない。
興味があるなら調べてみてもいいだろう。

決算公告が不要なのも合同会社のありがたい点だ。


設立書類は代行がおすすめ

設立に必要な書類作成は…正直、代行業者に頼むのが賢明だ。
私も実際に利用している。だいたい10万円もあればおつりがくる。
ネットで検索し、口コミを確認しながら選べば大きな失敗はないはずだ。

ここで「定款」というワードが出てくる。
事業目的をここに記載するのだが、文言を間違えると大変だ。
必ず役所に確認すること。訂正には法務局への申請が必要で、手数料が最低3万円。
代行に頼むと10万円はかかる。

私のおすすめは「障害者計画相談」と「障害児計画相談」を同時に入れること。
私は後から障害児計画相談を追加し、二度手間になった経験がある。

創業時は信頼ゼロからのスタート。えり好みしている余裕はあまりない。


資本金と創業融資

資本金は100万円用意できるのが理想だ。
なぜなら融資の審査で有利になり、資金繰りも安定しやすいからだ。

資金調達については、私は自己資本100%でやったので利用していないが、創業融資制度(日本政策金融公庫など)を活用する方法もある。
無担保・無保証での融資枠もあり、自己資金が少ない場合は検討の余地があるだろう。

私の場合、本当に初めは信用も知名度もなく、半年で得た収入は3万円程度だった。
安定した収入が入るまでは最低でも1年はかかると覚悟しておいた方がいい。


口座開設の現実

まず、みずほや住友などのメガバンクは難しいと思っていい。
地方銀行でも苦戦するはずだ。
狙うべきは信用金庫かネット銀行。特にSBIはおすすめだ。
資本金1万円でも口座が作れたので、100万円あれば余裕だろう。


次のステップ

法人格を取得したら、川崎市の障害者施設指導課に電話し、面談のアポを取る。
そこから書類作成がスタートだ。
順番は電話が先でもいいが、法人格を先に取っておくと動きがスムーズ。
もちろん同時進行でも構わない。

面談では、なぜ設立したいのかを色々と聞かれる。
よほどの失敗をしなければ問題はないだろう。


では次回、「書類作成編」でお会いしよう。
今夜はこの辺で…。

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最終話 母が遺した場所

フクロウの最後のねぐら

むかしむかし、
ひとつの森を去ったフクロウがいました。

かつて多くの動物たちに「安心」を届けていたそのフクロウは、
いつしか「おまえはわかっていない」と言われ、
森を追われるようにして空へ飛び立ったのです。

次にフクロウが降り立ったのは、
森でも谷でもない、ちいさな丘のふもとでした。

そこには王様がひとりきりで住んでいました。
まだ若く、小さな国を治めるその王様は、
知識を求め、経験を欲し、未来を渇望していました。

「ようこそ、旅の者。
 私はこの場所を、誰よりも優しく、そして強くしたいのだ」
フクロウの目を見て、王様は言いました。

フクロウは少し戸惑いながらも答えました。
「この羽は、もう誰かを守るには古すぎるかもしれませんよ」

けれど王様は笑って言いました。
「ならば私が、飛び方を学ぶ番だね。どうか一緒にいてくれ」

こうしてフクロウは、丘のふもとで新たな日々を過ごしました。
王様と共に語り合い、知恵を伝え、
時には都に赴き、風を読み、空の色を教えました。

——しかし、季節はまた巡ります。

ある日、フクロウの心にぽっかりと穴が空きました。
とても大切だった、ひとつの命が、風になったのです。

けれど、その時フクロウは思い出しました。

「誰かのために、何かを築くこと。
 それこそが、わたしが今もここにいる意味ではないか」

そして、丘のふもとに、新たな場所をつくる決意をしました。
それは、自分が羽ばたいた証を残す場所。
そして、愛する者と“これからも共に生きていく”場所。

フクロウは、目を細めて空を見上げました。

「ここが最後のねぐらになるだろう。
 だけど、それは終わりではなく、始まりなんだ」

——それが「母が遺した場所」の、ほんとうの始まりでした。

🌿 そして、母と生きる

これが最後の話になる。

ここで――人生の針が、大きく動く出来事があった。

それは、母の病だった。
末期がんと診断され、余命は長くないと告げられた。

仕事は順調だった。
経験も、収入も、やりがいも手に入れつつあった。
でも、その知らせは――すべてを吹き飛ばすほどの衝撃だった。

最後の時間を、ただ見守ることしかできなかった。

あれほど飽きるまで食べたあのうどんはもう食べられない。嬉しいことがあっても報告が出来ない。子供の頃から今に至るまで些細な事でも嬉しそうにうなずいてくれる母はもういない・・・・。

母が亡くなったあと、ぽっかりと穴が開いたような日々が続いた。
しかし、ある日ふと思った。

「母の遺したものを使って、福祉の事業を立ち上げよう。
 そうすれば、これからもずっと一緒にいられる気がする」

それは、悲しみからの逃避ではなかった。
“母とのつながりを、人生に刻みたい”という強い願いだった。

自分の手で立ち上げる福祉の場所に、
母の生きた証が流れていく――そう思えたとき、迷いは消えた。

私は、独立を決意した。

社長は快く送り出してくれた。
社内ベンチャーという話もあったけれど、
私は自分の足で立ちたかった。
それは、師匠から受け継いだ精神と、ベンチャー企業で培ったスピリットの融合だった。

そして――原動力は、ただ一つ。

「母と生きる」こと。

若いころ、私は父を亡くし、母と兄と三人で暮らしてきた。
母には、孫の顔も見せることができた。
PTA会長になったときも、喜んでくれた。

母は、強い人だった。
若いころ、結婚を反対され父と駆け落ちしたこともあったらしい――母の死後、叔父から聞いた話だ。
生活を支えるため、平日は会社で働き、土日はパート。
引退してからは、孫の世話をよくしてくれた。

それでも、どこか天然だった。

うまい棒を「うまか棒」と言い、
シャンメリーを「メリーシャン」と言ったり。
何かにつけて、言い間違いが多かった。

そんな母が、私は大好きだった。

これまでの経験のおかげで、書類申請や事業所の開設は造作もないことであった。
……まぁ、前の記事に書いたように、ちょっとした失敗はあったけど(笑)

そして――今に至る。

思ったより長くなってしまったけれど、これが独立までの軌跡だ。
次回からは、またいつものブログに戻ろうと思う。

長い話に最後まで付き合ってくれて、感謝しかない。

それでは今夜はこの辺で。

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第8話 知らぬ間に採用されていた件(後編)

🪶昔々のお話:森を出たフクロウの旅路

森を去ったフクロウは、長い旅の末、とある「塔の町」に辿り着きました。
そこは森とはまるで違う世界――すべてが速く、光がまぶしく、人々は常に何かを生み出していました。

塔の一つに住む若き王は、森の話を聞いてこう言いました。

「なるほど。お前の知恵は、役に立ちそうだ。だがこの塔では、ただの知恵じゃ足りん。俺たちは未来を創るんだ」

そうしてフクロウは、その王のもとで、再び羽ばたくことになったのです。

株式会社で働いた男の記録

私の名前は川内崇浩。
東京・新宿のベンチャー企業で働く、40歳の男だ。

この会社の母体は不動産業。初めてのオフィス勤務。しかも新宿駅すぐそばの高層ビル群。
それだけでも、今までの福祉人生とはまるで別世界だった。

とにかく、社内の人間すべてが「初めて出会うタイプ」。
エネルギッシュで、頭の回転が速くて、話がスピード感で飛んでいく。
正直、最初は圧倒されっぱなしだった。

でも――面白かった。

マーケティング?営業?
今まで一切関わったことのない世界。でも、それが新鮮で、刺激的で、楽しくてたまらなかった。

「やばい、株式会社って……楽しい」

社会福祉法人しか知らなかった自分にとって、ここでの毎日はまるで新しい言語を覚えるような日々。
時には叱られることもあったけれど、それ以上に学べることの方が多かった。

福祉用語の“通訳”としての自分の価値も見えてきた。
専門用語を分かりやすく翻訳するたび、「わかりやすい」「もっと教えて」と言われた。
そして驚くべきは、みんなの理解の早さ。一つ話せば十返ってくる。
その応答が、また楽しくて仕方がなかった。

📄申請業務と、都庁デビュー
初めて都庁へ行った。あまりの大きさに唖然とした。
3か月でグループホームの申請書類をまとめるというタイトなスケジュール。
でも、前職の経験が役立ち、何とか乗り切れた。

物件やら設備面やらは会社側が手際よく動いてくれ、分業体制も見事。
「この人たち福祉初めてだよね?」と思うくらい、理解も吸収力もすごかった。

そして無事、認可が下りた。

🏠“おしゃれなグループホーム”という価値観
その物件は、元々インバウンド向けのウィークリーマンションだった。
それをGHへと転用するプランだったのだけど……中はおしゃれで清潔感も抜群。

社長がこう言った。

「障害のある人にも、ちゃんといい暮らしをしてもらいたいよね。
 正直、福祉っぽいのって……なんかダサいじゃん?」

――なんかダサいじゃん?

その言葉が、不思議と心に刺さった。これは今でも残っている。

🧾営業も請求も、一人で駆け抜けた日々
認可後の営業活動も地獄のようだったが、どこか楽しかった。
処遇改善加算の申請は、ほぼ単独でやりきった。死ぬかと思った(笑)
請求業務も覚え始め、福祉事業の“お金の流れ”を体感していった。

📢「Ghは投機じゃない!」都の集団指導で…
ある日、都が主催する集団指導へ。

開口一番、都の担当者が声を張り上げた。

「最近、株式会社がGHに参入していますが――
 投機目的でやるものではありません!
 あくまで利用者さんのためにやるべきなんです!」

……いきなり火力マックス。


不動産を活用し、物件オーナーと事業法人を分ける――
福祉の世界ではまだ馴染みの薄い、でも他業界では普通のスキーム。

決して悪いことをしているわけじゃない。
だけど「福祉っぽくない」ことに対する抵抗感。それが、この世界にはまだ根強いんだと思った。

🏢都庁での面談、そして“熱”が伝播する
二棟目の申請時。都の担当者と直接面談することに。
質問が的確すぎて、ついこちらも嬉しくなり――
気づけば1時間以上、福祉の未来について二人で語り合っていた。

横にいた上司はぽかーん。明らかに退屈そうだった(笑)
でもその後、
「川内さん、都の担当者にめちゃくちゃ気に入られてましたよ」
と上機嫌で伝えてくれた。

📍そして――
ここで一つ、転機が訪れる。
独立を決意することになる、決定的な出来事だった。

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第7話 知らぬ間に採用されていた件(前編)

🦉 むかしむかし、森を追われた一羽のフクロウがいました。

かつて森で皆を見守っていたフクロウでしたが、
「あなたはもう必要ない」と言われ、静かに森を去ることになりました。

空を彷徨うフクロウがたどり着いたのは、
石と鉄でできた塔が立ち並ぶ、人間たちの都。
喧騒と光に満ちたこの場所に、フクロウの休める枝はなかなか見つかりません。

そんなある日、都の片隅にひっそりと存在する「小さな国」に出会います。
そこには、まだ砦も旗も整わぬ若い王がいました。
王は熱に浮かされたような瞳で、フクロウを見つめて言いました。

「我が国はこれから、この都に城を築く。
そして新たな秩序を、この混沌に打ち立てるのだ。
だが我には知恵が足りぬ。お主の目で都を見て、風を読み、助言をしてはくれぬか?」

フクロウは王の言葉に少し驚きました。
これまでの森では安心を与えることが使命だった。
だがこの王は、安心ではなく野心のために助けを求めてきたのです。

「都の風は、森とは違うぞ」

若き王はにやりと言いました。

フクロウは、再び羽を広げました。
小さな森を離れたフクロウと、都に夢を見た若き王。
ふたりの奇妙な同盟が、こうして始まったのです。

鉄と光と欲望の渦巻く世界で――。

🏢 東京ベンチャー戦記:その門を叩いた日

私の名前は川内崇浩。
転職エージェントの斡旋を受けながら、転職活動を続けている――しがない男だ。

いくつかの打診を受ける中で、ある日、奇妙な案件が舞い込んだ。

「東京のベンチャー企業がグループホームを立ち上げるらしいです」
「まだこれからですが、話だけでも聞いてみませんか?」

ベンチャー? 株式会社? 新宿?
どれも自分には縁遠い世界だ。
しかも対象は精神障害者。苦手意識も強く、あまり乗り気にはなれなかった。

でも「話だけでも」という軽さに流され、承諾した。

……だが、騙された。


🎭 面談のはずが、気づけば面接

数日後、エージェントから連絡が入る。

「すみません💦社長も是非お会いしたいと……」

うん? まぁ熱意があるのはいいことだ。

「あと……すみません💦念のため履歴書だけご用意を……」

おい、待て。
話だけじゃなかったのかよ。
だが断るほどの理由もなく、履歴書を用意して当日を迎えた。


🚪その扉の先には“異世界”があった

出迎えたのは、ギラついた社長と、デキる雰囲気の人事担当の女性。

場違い感、ハンパない。

社長は高学歴・元外資系の経歴。
普段なら絶対交わることのない人種。まさに異世界転生。

経歴や志望動機を尋ねられたが――正直、どうでもよかった。

開き直った私は、
「この制度を活かせば利益率が…」「空き室の回転率を上げるには…」
と、福祉の収益構造や用語解説を延々語り始める。

まるでプレゼンだ。

隣で顔面蒼白のエージェント。
そりゃそうだ。これは面接ではなかったはずだ。

……ところが、社長は食い気味で応じてきた。

「なるほど、B型との連携は…? 自社サービスとシナジーがあるね」
「補助金の仕組み、詳しく教えてよ」

会話は盛り上がり、気づけば1時間以上。
もはやビジネス会議。

そして、社長が言った。

「家族に、いい暮らしさせてあげなよ。一緒に事業を大きくしよう」

人事も笑顔で、

「もう結果はお分かりかと思いますが、後ほどご連絡しますね」

帰り道、エージェントがホッとした顔で言った。

「いやー、ヒヤヒヤしましたけど……いい結果になりそうですね」

……そりゃそうだろ。
こっちは面接を受ける気、そもそもなかったんだから。


💼 結果:採用、そして「破格」

後日、採用通知が届いた。
提示された条件を見て――目を疑った。

高給。

これが株式会社の力か……。

私は入社を決めた。
福祉とベンチャーの融合。
未知の世界に、両足を踏み入れた。

ここから、経験値がさらに加速していくことになる

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第6話 小さな森の光と影

🦉むかしむかしの森と、ある職場の終焉

むかしむかし、とある小さな森に、それぞれに傷を抱えた動物たちが暮らしていました。
ある者は、過去の嵐に打たれて翼をたたみ、
ある者は、昼も夜も目を開けたまま眠れなくなっていました。

森の入り口に立つフクロウは、そんな彼らにそっと場所を与え、
「ここでは、誰もが安心して過ごせますように」と願っていました。

けれど——
「安心したい」という気持ちは、ときに強くなりすぎることがあります。

「もっと安全にしてほしい」
「この木は気に入らないから、どけてほしい」

いつしか森全体を“自分のためだけの場所”にしようとする動物たちが増えていきました。

そしてある日、新しくやってきた動物に対して、
「あなたはこの森にふさわしくない」と告げる者が現れました。

少しずつ、でも確かに――
“よそ者を受け入れない森”が出来上がっていきました。

ついには、森を静かに見守っていたフクロウにまで、
「あなたは、私たちの気持ちをわかっていない」と声が上がります。

フクロウは静かに羽をたたみ、森をあとにしました。

かつて誰かの居場所だった森は、
いつしか、誰の居場所でもなくなってしまったのです。

……これは、どこかの森の物語かもしれない。
でも、俺にとっては“実際に起きたこと”だった。


🍂 崩れていった、職場という名の森

季節は巡り、実った果実は、やがて腐って落ちていく。

あれほど仲の良かった職員関係も、少しずつ軋み始めていく。

もともと訳ありの職員が多く、心に病を抱える人も少なくなかった。

体当たりの現場。人数は少ない。
無理を承知で支え合っていたけれど、その無理がきかなくなってきた。

そしていつしか、
「安心できる場所を守りたい」という想いが、
「自分のテリトリーを守る」行動に変わっていった。。。


🌀 「これは無理です」から始まった崩壊

「これ以上の仕事はできません」
「それは自分の役割じゃありません」

そんな言葉が、当たり前のように飛び交うようになっていった。

今までならなんとか乗り越えてきたことも、もうできない。
「えっ、なにがあったの?」と目を疑うようなことも、日常に変わっていた。

俺は職員のカバーに回り、
そのうちに自分の余力も削られていった。


💔 信じていたものが、崩れていった

俺はずっと信じていた。
心に傷がある人こそ、誰かの苦しみに寄り添えるのだと。

でも――
それは時に、自分の傷を守るために、他者を攻撃する行動にもなる。

それが、こんなに痛い形で現実になるなんて思ってもみなかった。

コロナ禍が始まると、それはさらに加速していった。

異動してきた職員を「支援ができていない」と露骨に排除しようとし、
「もう限界です!」「あの人、異動させてください!」と
毎日のように声があがるようになっていった。

彼らが恐れていたのは“コロナ”という感染症。
俺が恐れていたのは、“人の心”だった。


⚙️ 崩れていく現場、誰も止められなかった

加湿器、空気清浄機、プラズマクラスター。
新しい情報が出るたび、「早く導入してください」と迫られた。

根拠よりも「気持ち」が優先され、
「科学」よりも「不安」が支配する日々だった。

そして――

俺自身にも疲労の波が押し寄せ、
小さなミスが増えていった。

そこから人間関係の崩壊が加速していく。

「もっと配慮してください」
「休憩時間は12時から13時でお願いします」
「内職があるので、支援は入りません」

――もう、支援現場じゃなかった。


🚪 そして、静かな旅立ち

限界だった。

俺は、ここを去ることに決めた。

惜しむ声はなかった。
送別会もなかった。
ただ静かに、職場をあとにした。

心に病を抱えていても、誰もが安心して働ける場所。
本気でそういう職場を作ろうとしてきた。
でも皮肉にも、その場は「誰か一人の居場所」になってしまっていた。

俺のことはきっと、
「居場所を侵害する迷惑な存在」としか映っていなかっただろう。

そしてしばらくして、皆いなくなった。
もう、あの職場は存在しない。


🌱 それでも、森はどこかで息をしている

けれど、あの森にいた動物たちが、
いつかまた、誰かの居場所になれる日が来るのだとしたら。

そのとき――

フクロウは、きっとまた、
どこかの枝に戻ってくるのかもしれない。

その森が「誰か一人のため」ではなく、
「みんなの安心」が交差する場所として芽吹くのなら。

静かに、そっと。
もう一度。

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第5話:黄金時代 – 小さな砦の戦いと祝祭の記憶

むかしむかし、ある高台に、川を見下ろす小さな砦がありました。
そこには、まだ半人前の若武者と、飄々とした年老いた軍師がともに暮らしていました。

軍師は奇抜な策と天然な言動で砦を守りながら、若武者に知恵を授けていました。
ところがある日、軍師はこう言いました。

「わし、来月で辞めるから」

若武者は言葉を失いました。
しかし軍師は笑って言いました。

「色々と痛い目を見て、成長していくもんじゃよ」

こうして若武者は、一国一城の主となったのです。
仲間たちと共に砦を守り、工夫と笑いに満ちた日々が始まります。
これは、小さな砦の“黄金時代”の物語。

🌀 師匠との別れ、そして“現実”

ある日、師匠が唐突に告げた。

「私、退職するから」

……なん、だと?

口では不満をぶーぶー言いながらも、どこかこの生活が続くと信じていた。
だが、有休消化が始まると、現実がじわじわと押し寄せてくる。

――あれ? 引き継ぎ、ほとんど受けてなくない?

……まぁ、いいか。
教わることは、もう全部教わったのかもしれない。
あとは自分の“色”をつけていくだけだ。

最後に師匠が言った。

「いろいろと痛い目を見て、成長していくもんだよ」

この言葉は、今でもずっと胸に残っている。


🚪 そしてもう一人、去りゆく仲間

残ると思っていた頼りの男性職員までもが、まさかの宣言。

「仲間とグループホームを立ち上げることになってさ。長年の夢だったんだ」

……マジか。
でも、彼は追い続けていた夢を実現しようとしていた。 「うらやましいな」そう思った。

さて、これで俺が現場の中心。 本当にゼロベースから、また作り直すしかなかった。

いきなり“最高戦力”が二人も抜けるという、前代未聞の状況。

黄金時代は、ここから始まった。


🔧 強みを掛け合わせて支える日々

新体制では、パートさんたちも戦力の要。
自分もパート上がりだったから、できるだけ巻き込んで一緒に作っていきたかった。

たとえば、スポーツセンターでの外出支援。
「体を動かすのが得意なパートさんがいれば、それを活かす」
――支援は、チーム戦だった。

アセスメント票も一緒に作成。
相談し合い、アイデアを出し合い、共に形にしていく。
まさに「現場発」の支援だった。

休んでもお互い様。足りないなら足りないで知恵を絞った。


📚 知識を力に、即・実践

「構造化って、ただ仕切ればいいってもんじゃないよね?」

パーテーションを置くだけじゃ、意味がない。
強度行動障害の論文を読み漁り、カードや構造のあり方を全員で試行錯誤。
試す。失敗する。直す。うまくいく。
そんな毎日の繰り返し。


💰 加算と事務と、最強のタッグ

請求を担当している事務員さんとは妙に馬が合った。
「ねぇ、こういう加算あるの知ってる?」
「え、マジで?」

そこから興味が爆発。
加算に関する事柄を調べて、研究。
「使える制度は、全部使ってやる」精神で、一つずつ自分のスキルになっていった。


🎉 飲み会は“祝祭”だった

事業所での飲み会は、まさにお祭りだった。

家族もOK、カラオケあり、他の一般客も巻き込んで夜中まで大騒ぎ。

他法人の職員も巻き込み、支援談義で盛り上がる夜。
砦は小さくても、心はいつもデカかった。


🏫 PTA会長という“異世界転生”

気づいたら、なぜかPTA会長になっていた。
理由は「地域活動や育児に熱心な父親」という、壮大な誤解だった。

……だーかーらー!

学級通信なんて一度も読んだことないわ!

マンションの管理人さんからは誇らしげに、

「ついに! うちのマンションからPTA会長が! 名誉なことですよ!」

……おまえはじいやか!

さらに、子どもの通っていた幼稚園の副園長先生からは、

「うちの卒園児のパパがPTA会長になったなんて誇らしいわ」

……いやいや、ばあやか!!

何度でも言うが、俺はPTA向きの人間じゃない!!正直もっとふさわしい人ならいくらでもいるだろう。

それでもやっていくうちに、多少なりとは様になっていたのかな。先輩がたと比べるとあまりいい会長ではなかったと思うけど、学校とも深くかかわったり、色々な保護者と交流も出来た。地域とも交流が出来て、悪くはないなと思っていた。

……そしてある日。

「優良PTA会長」として全国表彰されることになった。理由は会長会議でどこか一校出さなければならずなんか決まっていた。ホテルニューオータニ行けるしいいかな?そんな軽い気持ちだった。そもそも大した活動してないし落選するだろう。

だが、現実は非情だった。通ってしまった・・・

会場には颯爽と歩く和装の女性会長、その後ろに付き従うなんだか思いつめた表情の副会長らしき侍女スタイルの女性。姫!私がお供します!って雰囲気だった。盗賊が出てきたらきっとその副会長は短剣をどっからともなく出して身を挺して守るのだろうな・・・。
別の団体では、王子と護衛騎士のような会長&副会長コンビ。長年戦争を一緒に戦ってきた主従を超えた戦友って雰囲気を醸し出していた。太陽王子と黒騎士って感じ。王子は白馬に乗って、黒騎士は黒い馬に乗って戦場を無双したに違いない。あたりを見回すと皆一様に副会長が従者のように付き従っている。フリーザ様とその御一行みたいな集団もいた。

なんなんだ?ここは異世界か?王族のパーティーにでも放り込まれたのか?

俺は、ひとり。よれよれスーツでぽつーん。・・・だって誰も行きたがらないんだもん。ここで人望のなさが窺えるへなちょこ会長である。

なんだこの世界。早く終われ、この表彰式。

途中で居眠りしていたのは、ここだけの話だ。

ただ、会長を離任する頃には人間的にちょっぴり成長した気がする。今でもまだ地域の活動をしている。悪い事ばかりでなく楽しい事も沢山あった。これもまた俺の今を形成している一つだ。


🌟 「比べなくていい」場所を見つけた

この頃になると、他人と比較する癖が消えていた。

「自分で決めて、自分でやって、自分の責任で動く」
そんな環境にいたからこそ、周囲を気にする暇がなかったのかもしれない。

あの頃、全部がうまくいっていたわけじゃない。
でも――

仕事でもPTAでもどこでも「笑い合える毎日」が、そこには確かにあった。

それが、俺の黄金時代だった。

そして――静かに迫りくる波

加算も、支援も、研修も、PTAも、全部が面白かった。

でも――

どんなに煌めいていても、季節は巡る。 世界に忍び寄る静かな波が、少しずつ、でも確実に、日常を蝕み始めていた。

そう、あれは――

コロナ禍のはじまりだった。

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第4話:師匠との出会いと、クセの強い福祉現場

むかしむかし、あるところに──
「俺はできる」と信じて疑わなかった、一羽の天狗がいました。
世の中をひと通り渡ってきたその天狗は、
「もうオレ様に教えることなどない」と、鼻高々に山を下りました。

次なる居場所を探して飛び回った天狗は、こうつぶやきます。

「すぐに次の山は見つかるっしょ。余裕余裕♪」

──しかし、どの山からも歓迎されず、扉はピシャリ。

「ん?おかしいな?……ま、こういう時もあるか」
「いやいや、さすがにこれは運が悪すぎるだろ」
「……え、まだ?まだ?また!?」

ようやく見つけたのは、評判のよろしくない、ボロボロの掘っ立て小屋。
「あんな場所、オレ様なら一週間で変えてみせる」
と、高い鼻で笑っていたその天狗は、
その後──「鼻どころか羽も折られる日々」が始まるとは、夢にも思わなかったのです。

俺の名前は川内崇浩。
36歳のとき、全然評価されない法人を飛び出した。
「すぐに次の職場なんて見つかるっしょ!」――余裕ぶっこいていた。

……落ちた。

まぁ、そんなこともあるっしょ!

……また落ちた。

……え、またまた落ちた。

気がつけば、俺はどこにでもいるただの支援員。
キャリアはあるけど、サビ管資格なし。
正直、訳あり職員だった。

やっと受かったのは、正直あまり評判のよろしくない社会福祉法人。
以前は心のどこかで見下していた。
でも、これが分相応――そこから、俺のサバイバル生活が始まった。


🧾 貧しさが明日を運んだ

給料は激安。
2年目、まさかの「住民税非課税世帯」に。

朝は老人ホームで早朝バイト。
昼は本業。
夜は内職やメール便。

……離婚されなかったのは奇跡だ💦

美容室?
「切ってもらうんじゃない、切られてやる」精神で、家族全員カットモデル。
服はブックオフ。
ブランド品が意外と安くて、「ドラクエの装備拾いかよ」と笑った日もある。

でも、その中で思った。
必要なものは、案外少ない。


🧭 師匠との出会いとガチ支援の日々

赴任先は、まさに発展途上国。
バリアフリー?ゼロ。
職員室?狭い。
エレベーター?ない。

師匠は、どこか飄々とした女性。
でも現場ではバリバリ。
そして天然。

  • ラーメン屋事件:「ラーメンにしとくわ(控えめ)」→「控えてない」
  • プール事件:両足つって、知らないおじさんに足を伸ばしてもらう
  • 「ヒルナンデス」出演事件:効果音付きテレビ出演(実話)

クセ強すぎ利用者と、限界職員数。
定時なんて概念はなく、夜のグループホームに突撃。
休日も支援、場外乱闘も支援。

支援は“マニュアル通り”じゃなく、“生き抜く知恵”だった。


🔧 パソコン、DIY、そして戦いの日々

パソコンが苦手な師匠に代わって、
俺のスキルは自然に伸びた。

備品が出ないのでDIYスキルも磨かれた。
何から何まで自分たちで整える、創意工夫の日々。


🧱「俺しかいないっぽいな」スイッチ

「ここで踏ん張るの、俺しかいないっぽいな」――
そう思ったとき、俺のスイッチは入る。

長所に見えるけど、実は副作用もある。
他人に頼るのが、めちゃくちゃ苦手になった。

「俺がやった方が早い」思考で、
どんどん抱え込む人間になっていった。


🧭 師匠の過去に、俺との共通点

ある日知った。
師匠も俺と同じ、大手法人の出身だった。

パートから始めて、正職になった過去。
「今は自由だけど、その分、全部自分の責任」

その言葉に、グッときた。
自由って、ラクじゃない。
覚悟が必要な働き方なんだ。

俺も支援の枠を、自分で作るようになった。
「決められた支援」じゃなく、「自分で選ぶ支援」。


💬 最後に

あの頃は、苦しかったけど、今の自分をつくった大事な日々だった。
貧しさは、確かに明日を運んでくれた。

師匠の元で得た知識、DIY力、支援力、行動力。
あのガチンコの日々がなければ、今の俺はない。

崖をジャンプしながらパラシュートを縫うような人生。
その布地は、あのカツカツ時代に拾ったボロ布かもしれない。

でも、それが俺の武器になってる。
だから今日も、ちょっと破れたパラシュートで空を飛ぶ。

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フルタイム昇格、から回り、そして最大級の強がり

俺の名前は川内崇浩。
28歳。ついに、あの社会福祉法人に常勤採用され、
長かったフリーター生活に終止符を打った。

「俺、ついにちゃんとした社会人になったぞ!」
胸を張って、そう思えた。
あのときは、本当にうれしかった。


👛 やっと得た、社会人としての誇らしさ

毎月決まって振り込まれる月給。
念願だったボーナス。
今思えば、額は決して多くなかったけれど――

「これが一人前ってやつか」

そんなふうに思えたことが、何より誇らしかった。
やっと、みんなと肩を並べている気がした。
同じように働き、同じ目線で語れる気がした。
ほんの少し、大人の世界に仲間入りできた気がした。

……でも、今ならはっきり分かる。
それは全部、他人と比べた自分の中で感じていた誇らしさだった。


📺 ニュースで見る「フリーターの同世代」に優越感

テレビで“氷河期世代のフリーター”の特集が流れるたび、
俺はどこかで安心していた。

「まだフリーターでいる人、けっこういるんだな」
「しかも大学出てても、そうなんだ…」

内心、ほっとしてた。
正直優越感にも浸ってた。

たぶん俺の中に、ずっと学歴コンプレックスがあったんだと思う。
だから、「自分より学歴のある人が苦しんでいる」と思うと、
なぜか少しだけ、自分が救われたような気がした。


🎢 他人の評価に、一喜一憂していた

あの頃の俺は、
他人の評価こそがすべてだった。

褒められれば天に昇り、
少しでも否定されれば、心が地面にめり込むくらい凹んだ。

自分の存在価値は、誰かの口から発せられる言葉で決まる――
そんなふうに、どこかで思い込んでいた。


🚗 送迎車クラッシャー伝説

常勤になった俺がまず向き合ったのは、
法人一、運転が下手な職員としての称号。

送迎車を、3年で7回ぶつけた。
たぶん、知ってる限り法人ナンバーワン記録。

事故報告書の書き方だけは、上達した。


🎉 行事で暴走、周囲はポカーン

憧れていた行事担当も任された。
「よっしゃ、任せろ!」とばかりに気合MAX。

結果――暴走
自分ひとりで突っ走り、周囲は完全に置き去り。

何度も注意されて、そのたびに凹んで、
でもまた同じことを繰り返す。

認められたい病、深刻なステージに突入していた。


🧠 支援現場で謎理論を展開

支援でも、よく分からない“俺理論”を持ち出して空回り。

「こういう時は、“人生の方程式”があってですね…」

今思えば、
支援じゃなくて思想だった。
支援じゃなくて独演会だった。


😤 他人が妬ましい。とにかく妬ましい

「なんであいつがサビ管研修行けるんだよ」
「俺の方が仕事してるだろ」
「上司は結局、仲のいいやつしか評価しない」

口には出さないけど、ずっと心の中で毒づいていた。

認められたい。選ばれたい。上に行きたい。
でも、それが叶わないと、妬みが爆発する。


🧷 👨‍👩‍👧 でも、人生は続く

そんな俺でも結婚できて、子どもにも恵まれた。

正直、結婚してくれた妻はかなりのギャンブラーだと思う。

子育ては結構楽しかった。
幼稚園の行事にも積極的に参加したし、
子どもが風邪をひくと、妻と一緒に病院にも行った。

そして――
周囲から、変な誤解を受けることになる。

子育てにも行事にも参加し、地域の活動にも関心がある――
とても素晴らしい父親。

違う、まったく違う。そんなんじゃない。
しかしそれは、子どもが小学校に上がったとき、
とてつもなく変な方向に流れていくのだった……


🥇 後輩が先に出世…そして最大級の強がり

後から入った職員が、俺より先に昇格する。

「なんで? 年功序列じゃないの?」
「俺が先だろ!」

そう思えば思うほど、から回った。

そしてある日、こんなことを言ってしまった。

「いや〜、俺、あんまり責任あるポジションって向いてないし〜」
「代わりに研修行ってくれて助かったわ〜。たぶん順番的には俺だったし(笑)」

最大級の強がりだった。
結局、パート時代から成長していなかった。

今の俺が、あの頃の俺を見たら――
「あんなやつ、絶対上にはしたくない」って思うだろうな。


💔 結局、辞めた

空回りして、拗らせて、
自分の中の劣等感を他人にぶつけて、
結局――辞めた。


📝 あとがき:一人前って、なんだったんだろう

あの頃の私にとって、
常勤になることがゴールだった。

社会に受け入れられた気がして、
やっと“同じ土俵”に立てた気がしてた。

でもそれは全部、他人との比較でしか得られなかった誇らしさだった。

一人前って、誰かに決めてもらうものじゃない。

そう気づけるのは、もう少しあと。

ただ、あの頃の私を笑い飛ばせるようになったことは、
今の私のちょっとした誇りでもある。


🔜 次回予告

「師匠との出会いと、クセの強い福祉現場」

評価ボロボロ、転職活動は連敗続き。
やっと入れたのは、正直あまり評判のよくない社会福祉法人だった。

でも、そこで俺を待っていたのは――
困難ケースのオンパレード、クセの強い職員たち、
そして“師匠”と呼びたくなる、ひとりの上司との出会いだった。

ここから、俺の転機が始まった。

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フルタイム幻想と評価されたい病

~「認められたい」って呪文だった~

俺は川内崇浩。
福祉業界に潜り込んだ24歳、夢と焦りを抱えた生活介護事業所で働くフリーターだ。


「俺って、わりと仕事できる方だよな」

「すぐ常勤になれるっしょ?」

……なんて思ってた。いや、思い込んでた。


🔥 他者の目=自分の価値

当時の俺にとって、“評価”はすべてだった。

  • 誰かから「頑張ってるね」と言われる
  • 誰かが「君に任せたい」と言ってくれる
  • 誰かの期待に応えられる

それが、俺の存在証明だった。


😤“あいつらばっかり評価されてる”

同年代の職員がボーナスをもらったと聞けば、
心の奥がズン…と沈んだ。

会議に参加して、送迎車を運転して、担当利用者を持って――
全部が眩しく見えたし、全部が「俺にはないもの」だった。

正直、羨ましかった。嫉妬した。妬んだ。

でも、その気持ちを認めるのが怖かったから、
冗談みたいに笑ってた。

「俺、責任ある仕事とか苦手なんだよね~」
「いやー、みんな大変だなー(笑)」

口ではそう言いながら、
内心では「なんで俺じゃないんだよ」って、何百回も叫んでた。


🧱“たくさん働けば報われる”という幻想

ヘルパーの仕事もどんどん受けて、土日も稼働。
月の休みが数日ってこともあった。

「これだけやってるんだから、そろそろ俺も…」って思ってた。

でも現実は違った。
どれだけ働いても、評価は降ってこない。

後から入ってきた人は、常勤採用。
そのたびに、心がギシギシ軋んでいった。


🪞劣等感という名の鏡

劣等感って、自分のことがちゃんと見えなくなる鏡だ。

相手が実際に優れているかどうかじゃなく、
「自分の足りなさ」を勝手に映し出してくる。

だから俺は、誰かが褒められてるだけで、自分を否定された気がしてた。
誰かが常勤で入っただけで、「俺はまた選ばれなかった」って思ってた。

まるで世界中が、自分を試してくるような気がして、
疲れて、でも止まれなくて、
気づけば“認められたい病”が慢性化していた。


💔心が折れる音を聞いた日

そしてついに常勤の話がちらついた――
が、コネで入った人がいて話は流れた…。

「おお、よかったね!」
「俺?あまり責任のある仕事したくないし~(笑)」

そう言った俺は、笑顔の仮面を被っておどけていた。
しかも、その人は同じ事業所だった。だから余計に、毎日がしんどかった。

納得のいかない気持ち。やっぱりなと諦めの気持ち。
結局誰も俺のことは評価してくれない。
でも本当は俺って無能な奴なんじゃないのか――
もう永遠にパートのままなのかな……。

様々な感情が入り混じっていた。

まだチャンスはある、次があるさ。
自分に言い聞かせ、しばらく粘ってみた。

けど、さすがに無理だった。

結局、辞めた。

でも、未練タラタラだった。

みんなと一緒で、ケースを持ったり、行事を担当したり、送迎車を運転したりして、
同じ景色を見たかった。


🌙あとがき:認められたいという呪い

“認められたい”って、誰にでもある。
でもあの頃の私は他人の評価だけが「自分の価値」だと思い込んでた。

今ならわかる。
あのとき私が欲しかったのは、

「常勤になること」じゃなくて、
「自分は必要とされてる」って確かな実感だったこと。

今思えば何とも滑稽な話であるが、当時の私は大真面目にそう思っていた。

そして、その答えは外にはなかった。
……けど、それに気づくのは、もう少し先の話になる。

今夜はこの辺にしておくとしよう。


🔜次回予告

「出戻り上等!それでも俺はここで認めて貰いたい!」
今度こそ!と戻った職場、そしてようやく手にした“正規雇用”――
だが、それはまだ始まりに過ぎなかった。

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「見栄と焦りと非常勤」

私の名前は川内崇浩、毎週月曜日の更新を頑張ろうと思っている筋トレに勤しむ経営者だ。今日は昔の事でも書いてみようと思う。。。

🔙時は約四半世紀前

俺の名前は川内崇浩。24歳のフリーターだ。
正社員になりたい。でも就職活動はことごとく撃沈。
まぁ、時代は就職氷河期。しかも俺、大学中退なんだよね。

ある日、病院の清掃バイト中に、看護助手の人から言われた。

「ヘルパー2級、取ってみたら?一緒に働かない?」

バイト脱却のチャンス到来!
俺はその言葉を頼りに、ヘルパー2級の資格取得へ。

講習は思ったより簡単で、
「よし、これでバイト生活とはおさらばだ!」
そう信じて疑わなかった。


🌟「福祉の時代」到来(のはずだった)

当時、世の中では「これからは福祉の時代だ!」なんてメディアも騒いでた。
“福祉村構想”とか、夢みたいなワードも飛び交ってた頃。

「資格さえ取れば余裕っしょ」
――正直、甘く見てた。

そして、件の病院に電話をする。

「今は人手足りてるので、採用予定はありません。」

……え?
※ちなみに、同じ講習でヘルパー2級を取った人はそこに採用されていた。
その事実を、後から知ることになりショックを受ける。


🚪門前払いと現実の壁

そこから俺は、老人ホームを片っ端から受け始めた。
が、当時はこんな時代。

「未経験はお断りしています」

という門前払いが当たり前。

ならば――
障害者福祉ならどうだ?

面接に行くと、真顔で言われる。

「え?この学歴?こんなんじゃ無理でしょ。字も汚いし。最近多いんだよね、安易にヘルパー取って応募してくる人。」

心、ボロボロ。

でも、確かにその通りだった。
自分でも、どこか浅はかだったと気づいていた。大して志望動機もない。ただ安定した職業に就きたいだけ。


💡方向転換:パートから這い上がる!

考えた末、俺は方針を切り替える。

「パートから正社員を目指そう!」

やがて、ある社会福祉法人にパート採用された。
「がんばり次第で正規登用あり」とのこと。

勤務条件は、週3日・5時間。
それでも俺には、希望の扉に見えた。

そして、ここで俺は新たな病を発症する。
その名も――

「認められたい症候群」

今夜はこの辺にしておこう。また来週にでも続きを書こうと思う。ではまた会おう・・・

次回予告:
第2話「フルタイム幻想と認められたい症候群
パートから正社員に――と思ったら、そこは新たな地獄の入口!?
から回る若造・川内崇浩が、評価という名の幻を追い続ける話。