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第6話 小さな森の光と影

🦉むかしむかしの森と、ある職場の終焉

むかしむかし、とある小さな森に、それぞれに傷を抱えた動物たちが暮らしていました。
ある者は、過去の嵐に打たれて翼をたたみ、
ある者は、昼も夜も目を開けたまま眠れなくなっていました。

森の入り口に立つフクロウは、そんな彼らにそっと場所を与え、
「ここでは、誰もが安心して過ごせますように」と願っていました。

けれど——
「安心したい」という気持ちは、ときに強くなりすぎることがあります。

「もっと安全にしてほしい」
「この木は気に入らないから、どけてほしい」

いつしか森全体を“自分のためだけの場所”にしようとする動物たちが増えていきました。

そしてある日、新しくやってきた動物に対して、
「あなたはこの森にふさわしくない」と告げる者が現れました。

少しずつ、でも確かに――
“よそ者を受け入れない森”が出来上がっていきました。

ついには、森を静かに見守っていたフクロウにまで、
「あなたは、私たちの気持ちをわかっていない」と声が上がります。

フクロウは静かに羽をたたみ、森をあとにしました。

かつて誰かの居場所だった森は、
いつしか、誰の居場所でもなくなってしまったのです。

……これは、どこかの森の物語かもしれない。
でも、俺にとっては“実際に起きたこと”だった。


🍂 崩れていった、職場という名の森

季節は巡り、実った果実は、やがて腐って落ちていく。

あれほど仲の良かった職員関係も、少しずつ軋み始めていく。

もともと訳ありの職員が多く、心に病を抱える人も少なくなかった。

体当たりの現場。人数は少ない。
無理を承知で支え合っていたけれど、その無理がきかなくなってきた。

そしていつしか、
「安心できる場所を守りたい」という想いが、
「自分のテリトリーを守る」行動に変わっていった。。。


🌀 「これは無理です」から始まった崩壊

「これ以上の仕事はできません」
「それは自分の役割じゃありません」

そんな言葉が、当たり前のように飛び交うようになっていった。

今までならなんとか乗り越えてきたことも、もうできない。
「えっ、なにがあったの?」と目を疑うようなことも、日常に変わっていた。

俺は職員のカバーに回り、
そのうちに自分の余力も削られていった。


💔 信じていたものが、崩れていった

俺はずっと信じていた。
心に傷がある人こそ、誰かの苦しみに寄り添えるのだと。

でも――
それは時に、自分の傷を守るために、他者を攻撃する行動にもなる。

それが、こんなに痛い形で現実になるなんて思ってもみなかった。

コロナ禍が始まると、それはさらに加速していった。

異動してきた職員を「支援ができていない」と露骨に排除しようとし、
「もう限界です!」「あの人、異動させてください!」と
毎日のように声があがるようになっていった。

彼らが恐れていたのは“コロナ”という感染症。
俺が恐れていたのは、“人の心”だった。


⚙️ 崩れていく現場、誰も止められなかった

加湿器、空気清浄機、プラズマクラスター。
新しい情報が出るたび、「早く導入してください」と迫られた。

根拠よりも「気持ち」が優先され、
「科学」よりも「不安」が支配する日々だった。

そして――

俺自身にも疲労の波が押し寄せ、
小さなミスが増えていった。

そこから人間関係の崩壊が加速していく。

「もっと配慮してください」
「休憩時間は12時から13時でお願いします」
「内職があるので、支援は入りません」

――もう、支援現場じゃなかった。


🚪 そして、静かな旅立ち

限界だった。

俺は、ここを去ることに決めた。

惜しむ声はなかった。
送別会もなかった。
ただ静かに、職場をあとにした。

心に病を抱えていても、誰もが安心して働ける場所。
本気でそういう職場を作ろうとしてきた。
でも皮肉にも、その場は「誰か一人の居場所」になってしまっていた。

俺のことはきっと、
「居場所を侵害する迷惑な存在」としか映っていなかっただろう。

そしてしばらくして、皆いなくなった。
もう、あの職場は存在しない。


🌱 それでも、森はどこかで息をしている

けれど、あの森にいた動物たちが、
いつかまた、誰かの居場所になれる日が来るのだとしたら。

そのとき――

フクロウは、きっとまた、
どこかの枝に戻ってくるのかもしれない。

その森が「誰か一人のため」ではなく、
「みんなの安心」が交差する場所として芽吹くのなら。

静かに、そっと。
もう一度。

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第5話:黄金時代 – 小さな砦の戦いと祝祭の記憶

むかしむかし、ある高台に、川を見下ろす小さな砦がありました。
そこには、まだ半人前の若武者と、飄々とした年老いた軍師がともに暮らしていました。

軍師は奇抜な策と天然な言動で砦を守りながら、若武者に知恵を授けていました。
ところがある日、軍師はこう言いました。

「わし、来月で辞めるから」

若武者は言葉を失いました。
しかし軍師は笑って言いました。

「色々と痛い目を見て、成長していくもんじゃよ」

こうして若武者は、一国一城の主となったのです。
仲間たちと共に砦を守り、工夫と笑いに満ちた日々が始まります。
これは、小さな砦の“黄金時代”の物語。

🌀 師匠との別れ、そして“現実”

ある日、師匠が唐突に告げた。

「私、退職するから」

……なん、だと?

口では不満をぶーぶー言いながらも、どこかこの生活が続くと信じていた。
だが、有休消化が始まると、現実がじわじわと押し寄せてくる。

――あれ? 引き継ぎ、ほとんど受けてなくない?

……まぁ、いいか。
教わることは、もう全部教わったのかもしれない。
あとは自分の“色”をつけていくだけだ。

最後に師匠が言った。

「いろいろと痛い目を見て、成長していくもんだよ」

この言葉は、今でもずっと胸に残っている。


🚪 そしてもう一人、去りゆく仲間

残ると思っていた頼りの男性職員までもが、まさかの宣言。

「仲間とグループホームを立ち上げることになってさ。長年の夢だったんだ」

……マジか。
でも、彼は追い続けていた夢を実現しようとしていた。 「うらやましいな」そう思った。

さて、これで俺が現場の中心。 本当にゼロベースから、また作り直すしかなかった。

いきなり“最高戦力”が二人も抜けるという、前代未聞の状況。

黄金時代は、ここから始まった。


🔧 強みを掛け合わせて支える日々

新体制では、パートさんたちも戦力の要。
自分もパート上がりだったから、できるだけ巻き込んで一緒に作っていきたかった。

たとえば、スポーツセンターでの外出支援。
「体を動かすのが得意なパートさんがいれば、それを活かす」
――支援は、チーム戦だった。

アセスメント票も一緒に作成。
相談し合い、アイデアを出し合い、共に形にしていく。
まさに「現場発」の支援だった。

休んでもお互い様。足りないなら足りないで知恵を絞った。


📚 知識を力に、即・実践

「構造化って、ただ仕切ればいいってもんじゃないよね?」

パーテーションを置くだけじゃ、意味がない。
強度行動障害の論文を読み漁り、カードや構造のあり方を全員で試行錯誤。
試す。失敗する。直す。うまくいく。
そんな毎日の繰り返し。


💰 加算と事務と、最強のタッグ

請求を担当している事務員さんとは妙に馬が合った。
「ねぇ、こういう加算あるの知ってる?」
「え、マジで?」

そこから興味が爆発。
加算に関する事柄を調べて、研究。
「使える制度は、全部使ってやる」精神で、一つずつ自分のスキルになっていった。


🎉 飲み会は“祝祭”だった

事業所での飲み会は、まさにお祭りだった。

家族もOK、カラオケあり、他の一般客も巻き込んで夜中まで大騒ぎ。

他法人の職員も巻き込み、支援談義で盛り上がる夜。
砦は小さくても、心はいつもデカかった。


🏫 PTA会長という“異世界転生”

気づいたら、なぜかPTA会長になっていた。
理由は「地域活動や育児に熱心な父親」という、壮大な誤解だった。

……だーかーらー!

学級通信なんて一度も読んだことないわ!

マンションの管理人さんからは誇らしげに、

「ついに! うちのマンションからPTA会長が! 名誉なことですよ!」

……おまえはじいやか!

さらに、子どもの通っていた幼稚園の副園長先生からは、

「うちの卒園児のパパがPTA会長になったなんて誇らしいわ」

……いやいや、ばあやか!!

何度でも言うが、俺はPTA向きの人間じゃない!!正直もっとふさわしい人ならいくらでもいるだろう。

それでもやっていくうちに、多少なりとは様になっていたのかな。先輩がたと比べるとあまりいい会長ではなかったと思うけど、学校とも深くかかわったり、色々な保護者と交流も出来た。地域とも交流が出来て、悪くはないなと思っていた。

……そしてある日。

「優良PTA会長」として全国表彰されることになった。理由は会長会議でどこか一校出さなければならずなんか決まっていた。ホテルニューオータニ行けるしいいかな?そんな軽い気持ちだった。そもそも大した活動してないし落選するだろう。

だが、現実は非情だった。通ってしまった・・・

会場には颯爽と歩く和装の女性会長、その後ろに付き従うなんだか思いつめた表情の副会長らしき侍女スタイルの女性。姫!私がお供します!って雰囲気だった。盗賊が出てきたらきっとその副会長は短剣をどっからともなく出して身を挺して守るのだろうな・・・。
別の団体では、王子と護衛騎士のような会長&副会長コンビ。長年戦争を一緒に戦ってきた主従を超えた戦友って雰囲気を醸し出していた。太陽王子と黒騎士って感じ。王子は白馬に乗って、黒騎士は黒い馬に乗って戦場を無双したに違いない。あたりを見回すと皆一様に副会長が従者のように付き従っている。フリーザ様とその御一行みたいな集団もいた。

なんなんだ?ここは異世界か?王族のパーティーにでも放り込まれたのか?

俺は、ひとり。よれよれスーツでぽつーん。・・・だって誰も行きたがらないんだもん。ここで人望のなさが窺えるへなちょこ会長である。

なんだこの世界。早く終われ、この表彰式。

途中で居眠りしていたのは、ここだけの話だ。

ただ、会長を離任する頃には人間的にちょっぴり成長した気がする。今でもまだ地域の活動をしている。悪い事ばかりでなく楽しい事も沢山あった。これもまた俺の今を形成している一つだ。


🌟 「比べなくていい」場所を見つけた

この頃になると、他人と比較する癖が消えていた。

「自分で決めて、自分でやって、自分の責任で動く」
そんな環境にいたからこそ、周囲を気にする暇がなかったのかもしれない。

あの頃、全部がうまくいっていたわけじゃない。
でも――

仕事でもPTAでもどこでも「笑い合える毎日」が、そこには確かにあった。

それが、俺の黄金時代だった。

そして――静かに迫りくる波

加算も、支援も、研修も、PTAも、全部が面白かった。

でも――

どんなに煌めいていても、季節は巡る。 世界に忍び寄る静かな波が、少しずつ、でも確実に、日常を蝕み始めていた。

そう、あれは――

コロナ禍のはじまりだった。

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第4話:師匠との出会いと、クセの強い福祉現場

むかしむかし、あるところに──
「俺はできる」と信じて疑わなかった、一羽の天狗がいました。
世の中をひと通り渡ってきたその天狗は、
「もうオレ様に教えることなどない」と、鼻高々に山を下りました。

次なる居場所を探して飛び回った天狗は、こうつぶやきます。

「すぐに次の山は見つかるっしょ。余裕余裕♪」

──しかし、どの山からも歓迎されず、扉はピシャリ。

「ん?おかしいな?……ま、こういう時もあるか」
「いやいや、さすがにこれは運が悪すぎるだろ」
「……え、まだ?まだ?また!?」

ようやく見つけたのは、評判のよろしくない、ボロボロの掘っ立て小屋。
「あんな場所、オレ様なら一週間で変えてみせる」
と、高い鼻で笑っていたその天狗は、
その後──「鼻どころか羽も折られる日々」が始まるとは、夢にも思わなかったのです。

俺の名前は川内崇浩。
36歳のとき、全然評価されない法人を飛び出した。
「すぐに次の職場なんて見つかるっしょ!」――余裕ぶっこいていた。

……落ちた。

まぁ、そんなこともあるっしょ!

……また落ちた。

……え、またまた落ちた。

気がつけば、俺はどこにでもいるただの支援員。
キャリアはあるけど、サビ管資格なし。
正直、訳あり職員だった。

やっと受かったのは、正直あまり評判のよろしくない社会福祉法人。
以前は心のどこかで見下していた。
でも、これが分相応――そこから、俺のサバイバル生活が始まった。


🧾 貧しさが明日を運んだ

給料は激安。
2年目、まさかの「住民税非課税世帯」に。

朝は老人ホームで早朝バイト。
昼は本業。
夜は内職やメール便。

……離婚されなかったのは奇跡だ💦

美容室?
「切ってもらうんじゃない、切られてやる」精神で、家族全員カットモデル。
服はブックオフ。
ブランド品が意外と安くて、「ドラクエの装備拾いかよ」と笑った日もある。

でも、その中で思った。
必要なものは、案外少ない。


🧭 師匠との出会いとガチ支援の日々

赴任先は、まさに発展途上国。
バリアフリー?ゼロ。
職員室?狭い。
エレベーター?ない。

師匠は、どこか飄々とした女性。
でも現場ではバリバリ。
そして天然。

  • ラーメン屋事件:「ラーメンにしとくわ(控えめ)」→「控えてない」
  • プール事件:両足つって、知らないおじさんに足を伸ばしてもらう
  • 「ヒルナンデス」出演事件:効果音付きテレビ出演(実話)

クセ強すぎ利用者と、限界職員数。
定時なんて概念はなく、夜のグループホームに突撃。
休日も支援、場外乱闘も支援。

支援は“マニュアル通り”じゃなく、“生き抜く知恵”だった。


🔧 パソコン、DIY、そして戦いの日々

パソコンが苦手な師匠に代わって、
俺のスキルは自然に伸びた。

備品が出ないのでDIYスキルも磨かれた。
何から何まで自分たちで整える、創意工夫の日々。


🧱「俺しかいないっぽいな」スイッチ

「ここで踏ん張るの、俺しかいないっぽいな」――
そう思ったとき、俺のスイッチは入る。

長所に見えるけど、実は副作用もある。
他人に頼るのが、めちゃくちゃ苦手になった。

「俺がやった方が早い」思考で、
どんどん抱え込む人間になっていった。


🧭 師匠の過去に、俺との共通点

ある日知った。
師匠も俺と同じ、大手法人の出身だった。

パートから始めて、正職になった過去。
「今は自由だけど、その分、全部自分の責任」

その言葉に、グッときた。
自由って、ラクじゃない。
覚悟が必要な働き方なんだ。

俺も支援の枠を、自分で作るようになった。
「決められた支援」じゃなく、「自分で選ぶ支援」。


💬 最後に

あの頃は、苦しかったけど、今の自分をつくった大事な日々だった。
貧しさは、確かに明日を運んでくれた。

師匠の元で得た知識、DIY力、支援力、行動力。
あのガチンコの日々がなければ、今の俺はない。

崖をジャンプしながらパラシュートを縫うような人生。
その布地は、あのカツカツ時代に拾ったボロ布かもしれない。

でも、それが俺の武器になってる。
だから今日も、ちょっと破れたパラシュートで空を飛ぶ。