🦉むかしむかしの森と、ある職場の終焉
むかしむかし、とある小さな森に、それぞれに傷を抱えた動物たちが暮らしていました。
ある者は、過去の嵐に打たれて翼をたたみ、
ある者は、昼も夜も目を開けたまま眠れなくなっていました。
森の入り口に立つフクロウは、そんな彼らにそっと場所を与え、
「ここでは、誰もが安心して過ごせますように」と願っていました。
けれど——
「安心したい」という気持ちは、ときに強くなりすぎることがあります。
「もっと安全にしてほしい」
「この木は気に入らないから、どけてほしい」
いつしか森全体を“自分のためだけの場所”にしようとする動物たちが増えていきました。
そしてある日、新しくやってきた動物に対して、
「あなたはこの森にふさわしくない」と告げる者が現れました。
少しずつ、でも確かに――
“よそ者を受け入れない森”が出来上がっていきました。
ついには、森を静かに見守っていたフクロウにまで、
「あなたは、私たちの気持ちをわかっていない」と声が上がります。
フクロウは静かに羽をたたみ、森をあとにしました。
かつて誰かの居場所だった森は、
いつしか、誰の居場所でもなくなってしまったのです。
……これは、どこかの森の物語かもしれない。
でも、俺にとっては“実際に起きたこと”だった。
🍂 崩れていった、職場という名の森
季節は巡り、実った果実は、やがて腐って落ちていく。
あれほど仲の良かった職員関係も、少しずつ軋み始めていく。
もともと訳ありの職員が多く、心に病を抱える人も少なくなかった。
体当たりの現場。人数は少ない。
無理を承知で支え合っていたけれど、その無理がきかなくなってきた。
そしていつしか、
「安心できる場所を守りたい」という想いが、
「自分のテリトリーを守る」行動に変わっていった。。。
🌀 「これは無理です」から始まった崩壊
「これ以上の仕事はできません」
「それは自分の役割じゃありません」
そんな言葉が、当たり前のように飛び交うようになっていった。
今までならなんとか乗り越えてきたことも、もうできない。
「えっ、なにがあったの?」と目を疑うようなことも、日常に変わっていた。
俺は職員のカバーに回り、
そのうちに自分の余力も削られていった。
💔 信じていたものが、崩れていった
俺はずっと信じていた。
心に傷がある人こそ、誰かの苦しみに寄り添えるのだと。
でも――
それは時に、自分の傷を守るために、他者を攻撃する行動にもなる。
それが、こんなに痛い形で現実になるなんて思ってもみなかった。
コロナ禍が始まると、それはさらに加速していった。
異動してきた職員を「支援ができていない」と露骨に排除しようとし、
「もう限界です!」「あの人、異動させてください!」と
毎日のように声があがるようになっていった。
彼らが恐れていたのは“コロナ”という感染症。
俺が恐れていたのは、“人の心”だった。
⚙️ 崩れていく現場、誰も止められなかった
加湿器、空気清浄機、プラズマクラスター。
新しい情報が出るたび、「早く導入してください」と迫られた。
根拠よりも「気持ち」が優先され、
「科学」よりも「不安」が支配する日々だった。
そして――
俺自身にも疲労の波が押し寄せ、
小さなミスが増えていった。
そこから人間関係の崩壊が加速していく。
「もっと配慮してください」
「休憩時間は12時から13時でお願いします」
「内職があるので、支援は入りません」
――もう、支援現場じゃなかった。
🚪 そして、静かな旅立ち
限界だった。
俺は、ここを去ることに決めた。
惜しむ声はなかった。
送別会もなかった。
ただ静かに、職場をあとにした。
心に病を抱えていても、誰もが安心して働ける場所。
本気でそういう職場を作ろうとしてきた。
でも皮肉にも、その場は「誰か一人の居場所」になってしまっていた。
俺のことはきっと、
「居場所を侵害する迷惑な存在」としか映っていなかっただろう。
そしてしばらくして、皆いなくなった。
もう、あの職場は存在しない。
🌱 それでも、森はどこかで息をしている
けれど、あの森にいた動物たちが、
いつかまた、誰かの居場所になれる日が来るのだとしたら。
そのとき――
フクロウは、きっとまた、
どこかの枝に戻ってくるのかもしれない。
その森が「誰か一人のため」ではなく、
「みんなの安心」が交差する場所として芽吹くのなら。
静かに、そっと。
もう一度。