~「認められたい」って呪文だった~
俺は川内崇浩。
福祉業界に潜り込んだ24歳、夢と焦りを抱えた生活介護事業所で働くフリーターだ。
「俺って、わりと仕事できる方だよな」
「すぐ常勤になれるっしょ?」
……なんて思ってた。いや、思い込んでた。
🔥 他者の目=自分の価値
当時の俺にとって、“評価”はすべてだった。
- 誰かから「頑張ってるね」と言われる
- 誰かが「君に任せたい」と言ってくれる
- 誰かの期待に応えられる
それが、俺の存在証明だった。
😤“あいつらばっかり評価されてる”
同年代の職員がボーナスをもらったと聞けば、
心の奥がズン…と沈んだ。
会議に参加して、送迎車を運転して、担当利用者を持って――
全部が眩しく見えたし、全部が「俺にはないもの」だった。
正直、羨ましかった。嫉妬した。妬んだ。
でも、その気持ちを認めるのが怖かったから、
冗談みたいに笑ってた。
「俺、責任ある仕事とか苦手なんだよね~」
「いやー、みんな大変だなー(笑)」
口ではそう言いながら、
内心では「なんで俺じゃないんだよ」って、何百回も叫んでた。
🧱“たくさん働けば報われる”という幻想
ヘルパーの仕事もどんどん受けて、土日も稼働。
月の休みが数日ってこともあった。
「これだけやってるんだから、そろそろ俺も…」って思ってた。
でも現実は違った。
どれだけ働いても、評価は降ってこない。
後から入ってきた人は、常勤採用。
そのたびに、心がギシギシ軋んでいった。
🪞劣等感という名の鏡
劣等感って、自分のことがちゃんと見えなくなる鏡だ。
相手が実際に優れているかどうかじゃなく、
「自分の足りなさ」を勝手に映し出してくる。
だから俺は、誰かが褒められてるだけで、自分を否定された気がしてた。
誰かが常勤で入っただけで、「俺はまた選ばれなかった」って思ってた。
まるで世界中が、自分を試してくるような気がして、
疲れて、でも止まれなくて、
気づけば“認められたい病”が慢性化していた。
💔心が折れる音を聞いた日
そしてついに常勤の話がちらついた――
が、コネで入った人がいて話は流れた…。
「おお、よかったね!」
「俺?あまり責任のある仕事したくないし~(笑)」
そう言った俺は、笑顔の仮面を被っておどけていた。
しかも、その人は同じ事業所だった。だから余計に、毎日がしんどかった。
納得のいかない気持ち。やっぱりなと諦めの気持ち。
結局誰も俺のことは評価してくれない。
でも本当は俺って無能な奴なんじゃないのか――
もう永遠にパートのままなのかな……。
様々な感情が入り混じっていた。
まだチャンスはある、次があるさ。
自分に言い聞かせ、しばらく粘ってみた。
けど、さすがに無理だった。
結局、辞めた。
でも、未練タラタラだった。
みんなと一緒で、ケースを持ったり、行事を担当したり、送迎車を運転したりして、
同じ景色を見たかった。
🌙あとがき:認められたいという呪い
“認められたい”って、誰にでもある。
でもあの頃の私は、他人の評価だけが「自分の価値」だと思い込んでた。
今ならわかる。
あのとき私が欲しかったのは、
「常勤になること」じゃなくて、
「自分は必要とされてる」って確かな実感だったこと。
今思えば何とも滑稽な話であるが、当時の私は大真面目にそう思っていた。
そして、その答えは外にはなかった。
……けど、それに気づくのは、もう少し先の話になる。
今夜はこの辺にしておくとしよう。
🔜次回予告
「出戻り上等!それでも俺はここで認めて貰いたい!」
今度こそ!と戻った職場、そしてようやく手にした“正規雇用”――
だが、それはまだ始まりに過ぎなかった。